今日は私が大学時代に中国に留学していた頃のに学んだ文化の違いと理解の難しさ・面白さについて書こうと思います。1996年~1997年まで私は中国の某大学へ交換留学生として在学しました。当時の中国は鄧小平による市場の自由化が部分的に実施され始めて間もないころで、中国らしい昔ながらの人民服を着た人もいれば、いかにも資本主義社会を象徴しているといわんばかりに色鮮やかな服を着ている人もいるという、今思えばなんか一種独特な笑える様子があちこちで見られました。
イスラム世界における時間の概念
本題はここからですが、留学生として生活していた私は母校の斡旋もあり、留学先の大学の寮に入ることになり寮生活をすることになりました。その中にイスラム系のトルコ人も数人いらっしゃいました。
ある日、私はそのトルコの留学生と交流する機会があり、「今度いっしょに遊びに行こう」と約束することになりました。その時の会話は下記のような感じでした。
トルコ留学生:じゃあドッピオ君、〇月〇日の△△時××で待ち合わせしよう。
私:OK!じゃあ〇月〇日の△△時××で!
簡単に書きましたが以上が会話の概略です。さて恐ろしいのはこれからです。約束の日、私は1分も遅れることなく待ち合わせ場所へ行きました。10分、20分、30分・・・1時間たっても彼は現れないではありませんか!
当時はまだ携帯も持っていなかった為、事情を確かめる手段もなく仕方なく帰ることにしました。
翌日、彼は私を見るなり猛烈に怒ってきました。
A君:なんで約束どおりに待たなかったんだ!! 私:待ったさ!1時間もね! A君:だから待ってろと言っただろ? 私:何度も言わせるなよ、1時間待ってたんだっつーの! |
本気で怒られました。
さすがに私も1時間待ったことを全面的に主張したのですが、聞く耳を持ってくれません。待ってろと言っただろの1点張り。
これには私もたまげました。なんせ当時の私はトルコ人留学生に約束を破られたうえに逆切れされたと認識していたのですから。
1年間の留学生活はあっという間に終了し、帰国してスペインから帰国した先輩とお酒を飲む機会がありました。その方は大学院で文化人類学の研究をしている方で、中国での一件を話してみたら馬鹿笑いされました。
「ドッピオ君、そりゃあ、そうだろう。イスラムの文化には砂漠の中を何時間もかけて目的地に行くような習慣が歴史的に刻まれているんだ。約束時間に1時間遅れるなんて、たったの1時間って話だよ。」
そうなんです。そのトルコの友人は2時間後に約束の場所へ来たと主張したのです!
その時はA君が約束を破った言い訳するために嘘をついてるだけだと本気で思っていました。嘘臭い言い訳をするなんてとんでもない奴だと帰国するまで思い込んでいました。
これがどれほど理解に苦しむ事態なのか、それは体験した人にしか理解できません。まさか、無宗教の共産主義の国でイスラム文化の一側面を勉強することになろうとは!
無知とは怖いものだとつくづく思い知らされたのでした。
少し極端な例になってしまいましたが、これは別にイスラム文化でなくてもアメリカ文化や中国文化でも違う形でなにかしら起こり得ることです。
外国語を話せると非常に便利です。楽しいです。でもそれだけでは私のように失敗します。やっぱり人間関係っていうのは、特に外国人との人間関係は人と人との繋がりであって、言葉が通じるのはスタート地点なんだと思い知らされました。
でもひとつだけ言えることがあります。
それは、まずは話せなければ何も始まらないということです。外国語はツールであり手段です。これをどう使うかは使い手の経験と力がものを言うんだと今ならハッキリ言えます。
実は文化の違いが原因で起きたトラブルはこれ以外にも経験があります。
職人や技術者の社会的地位が低いシンガポール
私の姉はシンガポール人男性と結婚しており、私達は定期的に家族ぐるみで日本とシンガポールを往復する関係にあります。
ところで私の義兄は大学時代に情報システム系の学部を卒業したことで、初めて就職したのがIT企業でのプログラマーでした。
ところが、他人とのコニュニケーションが何より得意な義兄は、地味なプログラマーという職種が合わず同じIT系の他社で営業職に転職しました。
ところが、後から分かったことですがシンガポールではIT関連職の中でもプログラマーなどの技術職は基本給が低く営業職など対人コミュニケーション能力が必要とされる職種ほど給料も社会的評価も高いのです。
ある日、転職してしばらくした義兄が日本の我が家と夕食を共にした際、満面の笑顔で近況を語ってくれました。
「いや~、プログラマーから営業に転職したけど、やっぱり自分に合ってて良かったよ。実際やってても楽しいしね。それにプログラマーは社会的地位も給料も低かったから。
これを聞いた私の父が切れました。
実は父はプログラマー出身で、そこからシステムの開発・構築を手掛ける会社を自分で立ち上げた張本人だったからです。
「あの野郎、俺を馬鹿にしやがって!」
と本気で切れてしまったので、それ以来義兄にとって日本では仕事の話はタブーになってしまいました。
日本ではプログラマーは見習や初心者、零細企業の社員でない限り、専門職として能力の高い仕事をしているとして高く評価される傾向があります。ところがシンガポールでは全く逆なのです。
私は日本人として、日本とは技術職を貴重な存在として尊重する文化・風土を持った国であると認識しています。ところが、これも国が異なればまるで別の話になってしまうわけです。
シンガポール生まれシンガポール育ちの義兄は技術職であるプログラマーから営業職に転職し、給料も大幅にアップしたことで家族も養えるし満足だと語ってくれた一方で、実は社会的な評価が上がったことも喜んでおり、それが職人気質の父の逆鱗に触れたわけです。
実際のところ、傍にいた私も義兄がなんでそこまでプログラマーを過小評価するのか、シンガポールの事情をじっくり聞かされるまで分かりませんでした。
実情を知るまでは、「余計なことを言いやがって」と内心腹を立てていましたが、職種の捉え方にかなりの解離というか温度差があったということです。
これも前述のトルコ人留学生の話に似て少々極端な例かもしれませんが、文化背景が異なる人間同士が同じ話題について会話すると、多かれ少なかれどこかで齟齬が生じるのは間違いなさそうです。
ちなみに、私は学生時代に知り合った韓国人の留学生とはみんな喧嘩別れしてしまいました。残念なことに誰一人怒っている理由を言ってもらえなかったのが心残りです。恐らく韓国の人には韓国人として譲れないものがあるのでしょう。
幸い、社会人になって知り合った在日韓国人の先輩とは長くお付き合いさせてもらっています。その方は国籍は韓国で選挙に行く権利も持ち合わせていないほどですが、韓国人としてのアイデンティティは全くないみたいです。
でも、譲れない事柄があると声をあらげて主張するところなどは韓国人らしくていいなあと思わせてくれます。
考察
やっぱり異文化理解って難しいですね。
街中を歩いてると外国人と子供連れて歩いてる日本人の親子を見かけることがありますが、きっと形は違うけども色々と苦労があったのだ思います。もしかしたら現在進行形かもしれません。
でも、国際結婚が多少なりとも存在しないと国同士の理解はとてつもなく労力のいる作業になるはずです。
生まれも育ちも文化も違う人同士が結婚することで、それが理由で国同士が分かりあうという作業の橋渡し役になるのですから。もちろん水面下での話ですが。
近年、医療や看護の世界で人材不足が問題となり、ベトナムをはじめとしたアジアの国々から日本へ働きに来てくれる若者が増加しています。私の身の回りでも外国人を見かける頻度はここ10年で劇的に増えました。
私の住む関西では以前は京都や奈良の観光に来た外国人以外は、大阪の繁華街か関西国際空港の近辺の駅でしか外国人を見かけることもなかったですが、最近は普通に自転車に乗って仕事に行く人や買い物をしてる人を見ることができます。
コロナ禍の社会が訪れるまでは、自然豊かなリゾートを満喫するために多くの中国人の方が訪れることで有名な地でもありましたが、2021年現在その面影は全くありません。
1日も早く日本をだけでなく世界がコロナを克服し、平和な生活を取り戻せる日が待ち遠しいです。
最後に
全然関係ないですけど、コロナワクチンの2回目の摂取で39℃の熱と頭痛の副作用が出て、しんどくて死ぬかと思いました。
3回目も摂取するつもりですが、2回目と同程度の副作用が予想されるとのことで、正直怖いですがやはり摂取しようと思います。
追伸:4回目も打ちましたが、ワクチン接種で副作用が出なかったのは1回目だけで、2回目からは同じ症状に悩まされています。高熱が出るのはさすがにつらいですね。毎回39℃どか勘弁してほしいです。
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