虚淵玄のサイコパスのファーストシーズンで公安局に対して頭脳・肉体ともに駆使した闘いを挑み続け、最後は公安局から抜け出した狡噛信也に追い詰められて壮絶な最後を遂げた槙島聖護ですが、奇抜で画期的なストーリー構成に基づいて作られた作品の最後を見事に締めくくってくれましたが、視聴茶としては喪失感が大きく残る形となりました。
槙島聖護が死ぬことで一連の事件に終止符が打たれ事件は解決したはずなのに、なぜか槙島聖護のいないサイコパスには虚しさと物足りなさが付きまといます。
また、槙島聖護を射殺して逃亡した狡噛信也不在で続くストーリーも、面白いはずなのになぜか物足りなさを感じさせます。
この2人の存在はサイコパスという虚淵玄の代表作の中でもひと際大きな存在感を持っており、2人失くして物語は始まらなかったし、2人がいない世界でいったいどうやってサイコパスの世界を継続させることができるのかと疑問を感じるほど、槙島聖護と狡噛信也の存在には影響力がありました。
人間の心理を判定する犯罪係数という概念
そもそもサイコパスのシリーズを通して一貫している鍵概念として、シュビラシステムとシュビラ判定というものがあります。
人間の生態力場を解析し、個人の内面に潜む犯罪性を事前に察知した結果を数値として算出した犯罪係数により、ある人は優等生としての道を歩み、またある人は潜在犯として軟禁生活を余儀なくされます。
シュビラシステムという人間の脳を寄せ集めて作られたコンピューターの演算処理によって、本来は不可能だとされていた人間の内面の解析が可能になった未来の日本が描かれる世界では、シュビラシステムが全ての国民を評価・判定し、就職先の適正や恋愛対象の適正までもシュビラシステムによって判定されます。
ところが、シュビラシステムが支配する世の中では、シュビラ判定で良好な結果を出される人もいれば悪い判定結果を出される人も出てきます。そして一度でも潜在犯認定されてしまうと社会復帰はおろか2度と表の世界に戻れないという悪循環に陥るため、必然的にシュビラシステムに懐疑的な考えを持つ者も現れるようになります。
サイコパスで描かれる世界では色相という精神状態の濁り具合が評価されますが、色相は悩みが深かったり問題が大きいほど濁る傾向にあり、人の死に直面するなど精神的にショックを受けたりすると濁ります。
そして、色相の濁りが一定の範囲を超えると犯罪係数が100を越えシュビラシステムにより潜在犯として認識されることになります。
また、サイコパスでは潜在犯はドミネーターという拳銃の形をした武器で電磁的なショックを与えられて鎮圧される対象となり、抵抗すれば公安局に発砲されます。
また、ドミネーターは犯罪係数が300を越えるとエルミネーターという殺傷兵器に自動で変身するため、犯罪行為を重ねたり犯罪の度合いが深いほど繁在係数が大きくなり、殺処分される危険性も大きくなります。
監視官と執行官～犯罪係数の違いと職責
サイコパスで描かれる日本社会ではシュビラシステムの管理の元、厚生省公安局が警察組織として犯罪に対処しますが、公安局の刑事は監視官と執行官に分かれています。
監視官は色相が綺麗でシュビラ判定の良好だった人物が担い、執行官は犯罪係数が70以上の潜在犯の中からスカウトに応じた者のなかから選ばれて犯罪の直接処理に当たります。監視官は事件の捜査の指揮を執り、執行官は猟犬として犯罪者を追い詰めドミネーターで処分するという役回りです。
監視官は直接犯罪者にドミネーターを向けて殺処分する機会がほとんどないため色相が濁る危険性も低くなります。一方で事件のたびに犯罪者にドミネーターを向けて、パラライザーで麻痺させたりエルミネーターで人体を肉片にぶちまけたりする執行官は、色相がさらに濁ることはあっても浄化されることはありません。
サイコパスの世界でも現代の日本社会同様、違う意味での二極化された立場の人間が存在し、一度でも潜在犯認定されると、色相を浄化させて社会復帰するのは相当困難だという点は、まるで今の日本の経済格差を象徴しているようにも感じます。
シュビラシステムに抗う者
サイコパスで描かれる公安局の仕事は潜在犯や現行犯の逮捕・処理ですが、この作品では衝動的に事件を起こす人間だけでなく、意図的にシュビラシステムに抵抗する犯罪者の姿が描かれています。
現代で言えばテロリストのような存在に該当し、言ってみれば反社会勢力そのものです。しかし、思想というかシュビラの存在を否定しているという根拠がある点は思想犯とみることもできます。
シュビラ判定で不合格をもらい社会から爪弾きにされるということは、社会のゴミであるという評価を受けることを意味するため、犯罪を犯してもいないのにゴミ扱いされて社会に居場所を与えてもらえなかった人間には大きな不満が残ります。
こういったシュビラシステムのやり方に反感を持つ者が集まることで、シュビラシステムの破壊もしくは存在を暴露し、その優位性を失墜させることを目的にした集団が地下で動き続けていました。
槙島聖護という男
カリスマ性を持ち、肉体的にも頑健で、それでいて高い知能と優れた洞察力を持つ男、それが槙島聖護です。槙島聖護は生まれた時から犯罪係数が測定されない体質で、槙島聖護のようにシュビラシステムで裁くことのできないタイプのレアな存在は免罪体質者と呼ばれます。
免罪体質者は100万人に1人の割合で存在し、槙島聖護もその一人だったわけですが、槙島はそういう自分をラッキーとは思わず、システムにカウントされない存在、つまり仲間外れだと認識したようです。作品の最後のほうで、臨床心理学者の雑賀譲二(さいがじょうじ)と狡噛信也のやり取りのなかで槙島聖護を「仲間に入れてもらえなかった子供」と推察するシーンがあります。
槙島聖護はシュビラシステムの正体を暴き破壊する人格へと成長していき、やがてシュビラシステムという偏屈で誤った仕組みを持つものの正体を突き止めて破壊することを計画するようになります。
槙島はシュビラシステムに気付かれない形で仲間を集めては犯罪を繰り返しますが、そのたびにシステムを馬鹿にして軽蔑するような挑戦的なやり方を選び、それが槙島聖護の自己主張とでも言わんばかりに敢えて残忍な殺人を繰り返します。
また、槙島聖護には強烈なカリスマ性があることから、彼の周囲には常に行動力や技術力などの面で一芸に秀でた人物でシュビラに反感を持つ人物が集まり、彼らの一部もまた牧島同様シュビラシステムを破壊する目的を共有することになります。
槙島と狡噛の出会いから始まった物語
ところで、忘れてはならないのがサイコパスという作品は冒頭からいきなり槙島聖護と狡噛信也が初めて出会うシーンから始まることです。
以後執行官の常守朱（つねもりあかね）の回想という形で進んでいきますが、サイコパスの主人公は常守朱のようでもあり槙島聖護と狡噛信也の2人でもあるように描かれており、この３人の存在はサイコパスという作品の中で重要な存在となります。
免罪体質ではないにも関わらず、人格的な強さで色相を綺麗に保つことのできる常守朱と、槙島聖護を追う過程で同僚の惨殺死体を発見し、色相を濁らせ潜在犯に落ちた元執行官の狡噛信也。そして常森と狡噛の2人で追うのが生まれついての免罪体質者で凶悪殺人犯である槙島聖護という男になるわけです。
狡噛信也は元は公安局の執行官として槙島聖護という影も形もない犯人の存在を信じて追い続け、数年越しでようやく槙島聖護本人に辿り着きます。
槙島聖護は厚生省ノナタワーの最上階で狡噛信也が来るのを待ち受け、本命のシュビラシステム本体は仲間の天才ハッカーチェ・グソンらにまかせます。
チェ・グソンは見事地下40階に隠されたシュビラシステムの設置場所のパスワードを解読して侵入することに成功しますが、シュビラの正体を知ったことで執行官の縢秀星(かがり しゅうせい)もろともドミネーターで抹殺されてしまいます。
一方最上階の槙島は出会ってすぐに狡噛と自分が似た者同士であることに気付きます。お互いがオルテガやパスカルの言葉を引用することで論戦して喜びを隠せませんでしたが、目的達成のために狡噛を殺害する道を選び、簡単に狡噛を倒してしまいます。ところが、常森執行官の不意打ちを食らって気絶してしまい、あっけなく公安局に逮捕されてしまいます。
シュビラシステムの正体
あっけなく捕まってしまった槙島聖護でしたが、逮捕後にシュビラシステムから槙島に対して提案が持ち掛けられます。それは槙島にシステムの一員にならないかという誘いでした。
スカウトする役目はかつての犯罪仲間で、すでにシステムの一員になっていた藤間幸三郎(とうま ごうざぶろう)が選ばれて説得に当たります。藤間幸三郎は槙島に対してシュビラシステムの正体を正直に話し、仲間のチェ・グソンが処分される映像まで御丁寧に見せてしまいます。
ところが槙島はシステムの誘いに喜ぶどころか、純粋に人生というゲームを楽しみたいと主張し、人間の脳味噌のかき集めであるシュビラシステムをジョナサン・スイフトのガリバー旅行記の逸話を引用して風刺します。
この時の藤間幸三郎と槙島聖護のやりとりは非常に興味深いものがあります。2人は以前はお互いに免罪体質者であり、ともに犯罪をおかしていた仲で、藤間幸三郎が公安に捕まった時の槙島は心底落胆したと本人が語っています。
にも関わらず、今自分の目の前にいる藤間幸三郎には以前のような面影がないばかりか、人生を楽しもうとする人間らしさのかけらも感じられなかったため、槙島はがっかりします。
仲間になる意思がないことを悟った藤間幸三郎はドミネーターで槙島を殺害しようとしますが、槙島は素手でアンドロイドの藤間幸三郎を破壊し、乗っていた護送機から逃走してしまいます。
この後、法の力で槙島を裁くことができないことを悟った狡噛は公安局から逃亡して単独で槙島聖護を追うことになり、槙島は混乱に陥っているシュビラシステムが復旧するまでの最後のチャンスを狙って東北の穀倉地帯へ単独でバイオテロを実行しに向かいます。
槙島が考えた穀倉地帯のバイオテロ
槙島聖護が穀倉地帯へ来た理由は、ドローンによって大量に管理されている麦に人体に害になる情報を入力し、それを日本中にばら撒くことでパニックを起こすことが目的でした。
この目的にいち早く気付いた狡噛信也は雑賀譲二(さいがじょうじ)の協力も得て業界の第一人者を調べて会いに行きますが、先に来た槙島に情報だけを奪われて殺害された後でした。
槙島は出雲大学のラボの入口が旧式の生態認証だったことを突き止めると、昔の責任者で今も認証の対象になっている管巻博士のもとを訪ね、麦の情報を聞き取ってしまうと博士を殺し認証のために目玉と指を切り取って持ち去ったのです。
しかし狡噛は博士が惨殺死体で発見されたことで槙島の目的を確信し、これから辿り着くであろう公安のメンバーに向けて映像メッセージを残し、それによって公安のメンバーも穀倉地帯を目指すことができるように道標を作ります。そして、東北にある出雲大学のラボで槙島・狡噛・公安の三つ巴がはじまります。
槙島聖護を見誤った公安局
出雲大学のラボに到着した公安局は、先に到着した槙島聖護のテロを阻止するためにシステムの電源を切るという強硬手段にでます。そして、電源が切れた機にに乗じて狡噛が入口のセキュリティーを突破してラボに侵入します。
一方、公安局はテロの目的がバレて追い詰められた槙島は一目散に逃げるとたかをくくっていましたが、槙島の考えは正反対でした。
なんと、槙島は追い詰められたとは思っておらず、自分を捕まえに来た公安の人間を皆殺しにするチャンスだと捉えて待ち構えていたのです。そして、罠にはまった宜野座監視官が片腕を失う重症を負い、父親で執行官の征陸智己(まさおか ともみ)が命を落とします。
その後、逃走を図る槙島を追って狡噛信也が駆けつけ、ノナタワーでやり合って以来の殺し合いが始まります。
狡噛を評価する槙島と何も期待していない狡噛
ラボで狡噛と槙島が再会した時、槙島は腹の底で思っていることを屈託なく話します。
自分のことを社会から仲間外れにされただけのゴミクズだと侮辱する狡噛に対して、この世に孤独でない人間などいないと反論したり、唯一の居場所である交安局を捨てて自分を追ってきた狡噛こそ同類だと指摘し、そんな奴に自分を馬鹿にする権利などないと言ったり、今までになく感情的な一面がたくさん見られるシーンでした。
さらに、そんな狡噛を評価するとさえ口にする槙島でしたが、それに対して狡噛は「俺はお前に何の期待もしちゃいない」とそっけない返答をします。
この時のやり取りは、サイコパスのファーストシーズンの中で物語のテーマの核心を理解するにあたって最も重要な部分で、槙島も狡噛もまさに本音で発言しているにも関わらず、問題の本質を理解しているのはどちらかと言うと槙島のほうだということです。
なんの期待もしていないという狡噛の発言は本心なのでしょうが、それではいったい狡噛は槙島を殺した後、何を目的にして生きていくのでしょうか？
このシーンでは何気に狡噛信也の心の致命的な問題が露わになっている点に気付かされます。実は狡噛信也には槙島聖護殺害という目的以外、もはや生きる意味はなくなっていたのです。
もっとも人間らしいのは槙島のほうだった
槙島にとって人生とは純粋にゲームであって楽しむものです。確かに免罪体質者という類まれな存在だったためにシュビラシステムにカウントされないという疎外感を味わう辛い過去があったのでしょうが、それにしてもシステムに対する抗い方があまりにも常軌を逸脱しています。
必要以上に暴力や殺戮を好み、雑賀譲二に言わせると槙島ほどになるとテロリスト・アナーキスト・アジテーター、どれにも当てはまらないことになります。
しかし、全ての判断をシュビラの判定に委ねて自ら考えて実行することを忘れた人間に生きる意味なのあるのだろうかという槙島の生涯を賭けた疑問は、ある意味で的を得ていると言えます。
これは、別にシュビラシステムどうこうの問題ではなく、既存の事実をありのまま受け入れることと、その意味を知ろうとしない事とは全く別であるということを意味し、シュビラをさながら神のごとく馬鹿正直に崇拝し、行動に自分の意思が伴わないものには価値がないという極論に至ります。
そのため、槙島は自分でも度々語っているように、ことあるごとに他人に対して本人の意思が伴った行動がみられることを期待した挑発的で人を試すような行為が繰り返されます。
王陵璃華子（おうりょう りかこ）も泉宮寺豊久(せんぐうじ とよひさ)も実は散々利用されたのではなく、実は槙島が本当に見たかったのはその人の生きている証を行動示して見せて欲しかったのです。
槙島に言わせると、それは「人間の輝き」という言葉に集約されていて、最後まで人間の輝きを見たいと言いづづけていました。
槙島が狡噛に見出したのは、狡噛の行動が間違っているか否かではなく、理由や根拠はどうであれ自分の本心に正直に行動し、シュビラという社会の秩序そのものに反抗してまで自分を殺しに来た男の輝きだったのではないでしょうか。
だからこそ、狡噛にナイフで重傷を負わされて麦畑を歩いて逃げた先で、出血多量で動けなくなった槙島に狡噛が追いついた時、「君はこの後、僕の代わりを見つけられるのか？」と問いかけています。
これに対して狡噛は、「いいや、もう二度とごめんだね」と言い残して後ろから槙島を射殺します。
これは完全に槙島が試合に負けて勝負に勝ったと言える結果になってしまいました。
なぜなら、狡噛にはもはや生きる目的などなかったからです。それについてはサイコパスの第1話の冒頭、槙島と狡噛が初めて対面するシーンで、常森朱のナレーションが流れます。
「きっと彼らは一目見て分かったはずだ。2人は初めて出会うより以前から、ああなる運命だったんだろう。すれ違っていたわけでもない、彼らは誰よりも深くお互いを理解し、相手のことだけを見つめていた」
というナレーションが流れますが、実はここですでにサイコパスという作品における槙島と狡噛の関係の答えは出ていると言えます。
最後に「僕の代わりを見つけられるのか？」と質問した槙島は、死を覚悟しながらも評価に値すると認識した狡噛に対して誠意を表していますが、狡噛は無慈悲に槙島を射殺しています。また、この結末は常森に言わればこうなる運命だったということになります。
一見、凶悪犯を殺害したことで日本社会の平和が保たれたというハッピーエンドで締めくくられた感がありますが、槙島の本心が分かってしまうと、そんな槙島が無慈悲に殺された結末が残念でなりません。
しかし、槙島聖護が死ぬという結末だったからこそ、サイコパスという作品が視聴者の心に強く突き刺さったのも事実です。なぜなら、いつの時代でも真実や核心に迫り、それに辿り着いた者が必ず評価されるわけではなく、大抵の場合は社会から抹殺されるのが世の常であり、槙島もまた然りだからです。
シュビラシステムという社会の規範そのものから仲間に入ることを誘われるほどの男が、システムにゴミ扱いされた側の人間に抹殺されてしまうというのはなんとも皮肉ですが、それもまたシステムという矛盾の産物の至らなさを象徴しているとも言えます。
最後に、ここまで全8巻に渡るDVDを全部視聴してみた感想と槙島の魅力について書きましたが、槙島の魅力は一言でいうと人間らしさの一言に尽きるのではないでしょうか。
なお、サイコパスのシーズン２に興味のある方は、『サイコパスシーズン２』鹿矛囲桐斗がシュビラシステムを裁いた方法で詳しく解説しているので参考にして下さい。
★サイコパスを視聴する方法
サイコパス１～３はhuluで視聴することができます。
月額1,026円（税込）
100,000万本以上の作品が見放題。
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